アンドレア・ドヴィツィオーゾ

昨シーズン、2年連続ランキング2位でシーズンを終えたアンドレア・ドヴィツィオーゾ。2018年は、MotoGPキャリア最多となる9度の表彰台を獲得、そのうち4度(カタール、ブルノ、ミザノ、バレンシア)はポディウム頂点に登壇しました。ドヴィツィオーゾは、これまでの経験を最大限に活かして、今年はさらなる高みを目指し、念願のタイトル獲得を実現する決意を固めています。MotoGPで12年目、ドゥカティで7年目のシーズンを迎える2019年、ドヴィツィオーゾは、新たにチームに加わったダニーロ・ペトルッチとともに新たなチャレンジに臨みます。

1986年3月23日、フォルリンポポリ(イタリア)で生を受けたドヴィツィオーゾは、物心ついた4歳の時に父親からミニバイクをプレゼントされ、2輪への情熱を培ってきました。わずか7歳でレースシーンにデビューすると、1997年、1998年に2年連続でイタリア・ミニバイク・チャンピオンに輝きます。2000年にはアプリリア・チャレンジにステップアップ、デビューイヤーでタイトルを獲得しました。さらに2001年には、欧州レベルでも同様の快挙を達成しています。また、同年ムジェロでは、125ccクラス・レースにワイルドカード参戦し、キャリア初のGPを体験しました。

2002年、スコット・ホンダ・チームに迎えられたドヴィツィオーゾは、125ccで世界選手権にフル参戦し、ランキング16位でシーズンを終えました。2004年までこのカテゴリーにとどまり、125ccクラス・ワールドチャンピンの称号を手に、2005年には250ccクラスに昇格を果たします。ここでもすぐに頭角を現し、デビューシーズンはランキング3位、その後の2シーズンはランキング2位を獲得しました。2008年、ついにMotoGPにステップアップすると、スコット・ホンダのマシンを駆り、デビュー戦のカタールGPで4位に入賞します。ルーキーシーズンのランキングは5位となり、ホンダのファクトリーチームに迎え入れられます。

ドヴィツィオーゾは、3年間ホンダのファクトリーマシンに跨がり、2009年ドニントンでは念願のMotoGP初勝利を記録しています。ランキングでは、2009年は6位、2010年は5位、2011年は3位と着実な進歩を見せています。10年間ホンダのマシンを操った後、2012年はテック3ヤマハに移籍し、サテライトチーム・ライダー最上位となるランキング4位をマークします。

2013年、ついにドゥカティ・チームに迎え入れられ、2014年にルイジ・ダッリーニャがドゥカティ・コルセ・ゼネラルマネージャーに就任すると、結果を出し始めます。この年、2度の表彰台を獲得し、ランキングは5位でした。右肩上がりのトレンドは翌シーズンも継続、開幕戦カタールでポールポジションを獲得し、レースでも優勝まであと一歩と迫っただけでなく、序盤の3戦で連続2位フィニッシュを成し遂げます。ルマンとシルバーストーンでも表彰台に立ち、最終的にライダー部門7位にランクされました。

2016年もロサイルの表彰台に始まり、ザクセンリンクとレッドブル・リンクでも表彰台フィニッシュ。特にレッドブル・リンクでは、アンドレア・イアンノーネとともに歴史的な1-2フィニッシュを飾りました。シーズン終盤には、ツインリンクもてぎで表彰台フィニッシュ、セパンでは圧倒的な速さで優勝しています。2016年のランキングは、5位でシーズンを終了しました。 

 翌2017年シーズンにも好調を維持し、イタリア、カタルーニャ、オーストリア、英国、日本、マレーシアで6勝をマーク、最終戦までチャンピオンシップ争いを演じます。表彰台回数は8を数え、ランキング2位。上記のとおり、昨シーズンはこれを上回る戦績で同じくランキング2位となりました。 

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