- 110 ps 最高出力
- 9.4 kgm 最大トルク
- 210 kg 装備重量(燃料を除く)
偉大なテニスプレーヤーになるためには、偉大な試合を経験しなければならない。2022年シーズン終盤、アメリカの舞台で、ヤニック・シナーは同世代のライバルであり、Next Genを代表する存在でもあるカルロス・アルカラスを相手にマッチポイントを迎えていた。互いをよく知り、深く尊敬し合う二人は、コート上で競い合うことそのものを楽しんでいるかのようだった。
観客が総立ちとなり、実況者たちも目の前で繰り広げられる激闘に言葉を失うなか、試合はベースラインからの壮絶なラリーと、一瞬で流れが変わるドラマチックな展開を繰り返した。優勢に見えたのはシナーだった。しかし、マッチポイントで勝負を決め切ることができない。その後、勢いを取り戻したアルカラスの猛攻に押し切られ、シナーは当時のキャリアにおいて最も重要とも言える一戦を落とすことになる。
そして、そのわずか数日後。カルロス・アルカラスはアメリカの地で自身初のグランドスラムタイトルを獲得し、世界ランキング1位へと駆け上がった。そのアルカラスを本当の意味で限界まで追い込んだのは、ヤニック・シナーただ一人だった。しかし、その日の勝利を手にするには、あと一歩届かなかった。
シーズン前半は、インドアコートや高速サーフェスでの大会が多く開催される。ダニール・メドベージェフは、ツアー屈指の個性派プレーヤーの一人だ。記者会見でもコート上でも率直な言動を貫くことで知られ、その姿勢は賛否を呼ぶことも少なくない。ベースラインから粘り強く相手を追い詰める彼のプレースタイルは、必ずしも観客受けするものではないが、極めて高い完成度を誇る。
舞台はオランダ・ロッテルダム。ボールが鋭く伸びる高速コートで行われた決勝戦だった。シナーは、それまで一度も勝ったことのないメドベージェフを相手に第1セットを先取する。しかし、試合の流れはある瞬間から変わり始める。ラリーのテンポが徐々に落ち、ベースラインでの駆け引きにおいて戦術的なミスが増加。さらにアンフォーストエラーも重なっていった。
一方のメドベージェフは、持ち前のフィジカルの強さを武器に試合を支配し始める。自信を深めた彼は、チェンジオーバー中にあくびを見せる余裕さえあった。シナーはその後、残る2セットをともに6-2で落とし、タイトルを逃すことになる。
ウィンブルドンのセンターコート。ヤニック・シナーにとって初めてのグランドスラム準決勝の舞台であり、ネットの向こうには7度のウィンブルドン王者であり、テニス史上最高の選手の一人であるノバク・ジョコビッチが立っていた。
かつての芝コートほどスピードは速くなくなったとはいえ、この“新しい芝”を最も巧みに攻略していたのはジョコビッチだった。高いレベルで争われた最初の2セットを落としたシナーだったが、第3セットで試合の流れを引き戻すチャンスをつかむ。セットポイントを握ったのだ。
しかし、ジョコビッチは強烈なサービスエースでそれをしのぐ。サービスゲームをキープすると、観客席へ視線を向け、涙を拭うような仕草を見せた。その直後のタイブレークも危なげなく制し、ジョコビッチは再びウィンブルドン決勝への切符を手にする。シナーにとっては、世界最高峰の舞台で味わった痛恨の敗戦だった。しかし、その経験は後の飛躍へとつながる大切な一歩でもあった。
試合が選手をつくる。そして、この3つの敗戦を通して、ヤニック・シナーという控えめな若者の内にある、繊細な一面が垣間見えてくる。その道のりには、モンテカルロでのルーネ戦、オーストラリアでのチチパス戦など、ほかにも痛みを伴う敗戦があった。そして、偉大な選手へと歩みを進めるうえで、何かがまだ足りない――そんな感覚もつきまとっていた。
しかし、ウィンブルドンの後に訪れた夏、シナーはこれまでにないレベルの好調さと、より完成度を増したプレーを手にする。週を重ね、試合を重ね、そして何より勝利を重ねるごとに、彼はより自由にプレーするようになっていった。何よりも大きかったのは、彼自身がテニスを楽しみ始めたことだった。
大きな勝利が続いた。まずアルカラスを破り、続いてメドベージェフから初勝利を挙げ、そして最後にはジョコビッチを、わずか1週間のうちに2度も退けた。2023年のシナーは、技術面でも精神面でも成熟した選手へと変貌していた。これまで見過ごされがちだった感情の揺らぎや繊細さを、自らのプレーにおける最大の強みのひとつへと変えていたのだ。
シーズン終盤、彼はまさに飛ぶような勢いで勝利を重ね、笑顔を見せ、心からプレーを楽しんでいた。年末の時点で、世界ランキング上位17人のうち16人が、シナーとの直近の対戦で敗れていたという事実は、彼の驚くべき成長を物語っている。コート上で繰り出す多彩な解決策は、ファンだけでなく、専門家たちをも魅了した。
私たちは、ほとんどの相手に対してベースラインから持続不可能とも思えるハイペースを押しつける、若き才能としてのシナーに慣れ親しんできた。しかし、多くのアスリートがそうであるように、フィジカルやメンタルの明晰さが失われ始めると、彼は別の答えを見つけることに苦しみ、自分自身の世界へと閉じこもってしまうことがあった。
しかし彼は、成長のスピードを鈍らせるかに見えたそれらの敗戦から、自分自身を理解し、進化する術を学んでいった。そして若きアスリートにとって、最も難しい教訓のひとつを受け入れた。敗北の中にこそ、再び勝つための鍵があるのだ。
テニスは、緻密な計画と小さな積み重ねによって成り立つスポーツだ。しかし、試合の勝敗を分ける重要な瞬間に主導権を握るのは、感情であり、創造性である。
テニスには制限時間がない。たとえ一日中コートに立ち続けることになっても、最後に勝利へたどり着いた者が勝者となる。成長の過程において、自分自身が楽しめる感覚を育てることは、意味のある進化の鍵となる。どんな道のりにも障壁はある。しかし、その瞬間を受け入れ、今いる場所に前向きな感覚を持つことができれば、目の前の状況だけにとらわれず、より大きな視点を保つことができる。
現在、ヤニック・シナーは世界ランキング3位。2023年には、自身初のマスターズ1000を含む4つのタイトルを獲得し、トリノで開催されたATPファイナルズでは準優勝を果たした。さらに、彼の感動的な活躍に大きく後押しされる形で、イタリアは47年ぶりにデビスカップを制覇した。そして2024年、シナーは最高のスタートを切る。全豪オープンで自身初のグランドスラム優勝を成し遂げたのだ。
では、私たちはどうだろう。こうした最初の勝利を目にした今、私たちはもう、彼の次の試合を観たくて、語りたくて仕方がない。ただ、彼が幸せそうにプレーする姿を見るために。それこそが、スポーツの本当の秘密なのかもしれない。あるいは、とてもシンプルに、人生そのものの秘密なのかもしれない。
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