- 110 ps 最高出力
- 9.4 kgm 最大トルク
- 210 kg 装備重量(燃料を除く)
――あなたの世界は、一見するとファッションとモーターサイクルレースという、まったく異なる二つの領域で成り立っているように見えます。しかし、あなたはその間をとても自然に行き来しています。周囲から期待される役割が、まるであらかじめ用意された脚本のように感じられるとき、どのように向き合っていますか?
私は、それはごく自然なことだと思っています。人は分かりやすい基準や、認識しやすい役割を求めるものです。だからこそ、誰かがそうした期待の枠を超えると、戸惑いを感じるのも理解できます。でも、私が学んだのは、人は同時にさまざまな存在でいられるということです。たとえそれが他人には少し珍しく映ったとしても。ファッションを愛しながらサーキットを走ることもできるし、ピンクを身にまといながらドゥカティを限界まで操ることもできる。それは矛盾ではありません。ただ、自分らしく完全であるための、ひとつの在り方なのです。
私は「and の力」という考え方がとても好きなんです。社会はしばしば、何か一つを選び、自分をひと言で定義するよう私たちに求めます。けれど私は、“and” の力を信じています。
モデルであり、ライダーでもある。繊細でありながら、強くもある。エレガントでありながら、反骨心も持っている。私たちは、ひとつの箱の中に収まる必要なんてありません。自分自身のあらゆる側面を受け入れること。それこそが自由という行為なのだと思います。
――あなたは、多くの人を勇気づける強いパーソナルな発信力を築いてきました。その一方で、批判や雑音もつきものです。どのようにして自分の進むべき道を見失わず、自分らしさを保っているのでしょうか?
確かに、時にはその雑音に圧倒されそうになることもあります。私も平気なわけではありません。誰でもそうであるように、私も影響を受けます。でも時間をかけて学んだのは、ネガティブな言葉に対して、忍耐と理解、そして少しのユーモアをもって向き合えば、結果が変わることもあるということです。攻撃的なコメントから始まった人でも、こちらが耳を傾け、思いやりをもって返すと、最後には感謝してくれることがあります。それは驚くような経験です。
私にとって大きな転機となったのは、自分の真実を本当に生きると決めたときでした。私は毎年、その年の指針となる言葉をひとつ選んでいます。昨年の言葉は「truth(真実)」でした。それは大切な選択でした。なぜなら、それは自分をもっと開き、これまでどこか隠してきた部分を人に見せることでもあったからです。
怖さもありました。チャンスを失うのではないか、判断されるのではないか、もう好かれなくなるのではないか。そう思っていました。でも、自分を相手に合わせて承認を得ようとするのをやめたとき、最も素晴らしいことが起こり始めたのです。そのとき、私は本当の意味で自由を感じ始めました。
より自分らしいコンテンツを発信し、自分が何者であるかを率直に語るようになりました。すると、反応は想像していた以上にポジティブなものでした。最も意味のあるコラボレーションのいくつかは、まさに私が完全に自分自身でいたからこそ生まれたものです。
そこから学んだのは、大切なのは必ずしも周囲に合わせることではなく、本当の自分を見せる勇気を持つことなのだということです。
――あなたは固定観念に挑戦するだけでなく、それをユーモアや軽やかさ、そして品格をもって行っています。それは意識的な選択なのでしょうか。それとも、もともとの自然な在り方なのでしょうか?
どちらもあると思います。私はもともと、人の良い面を見るようにしています。たとえ相手が私を理解していなかったり、批判してきたりするときでもです。おそらく、それは私の育った環境の影響かもしれません。特に身近な人たちに対しては、心を閉ざさず、自分の考えを伝えようとすることが大切だと学びました。時には、思いやりのあるひと言が、何千もの言葉よりも効果的に相手の心を和らげることがあります。
一方で、アメリカで言うところの少しだけ“sass(小気味よい皮肉や気の利いた切り返し)”を交えて返すのも好きなんです。たとえば、「女性にバイクなんて乗れない」と言われたら、言葉で反論するよりも、サーキットで膝を擦りながらコーナーを駆け抜ける自分の動画を投稿する方がいい。それは少しアイロニカルでもありますが、同時に力強いメッセージにもなります。つまり、「私はここにいる。そして、それを証明するために大声で叫ぶ必要はない。」そう伝えるひとつの方法なのです。
――周囲の雑音を遮断することと、自分自身の声に耳を傾けることは別の話です。あなたが本当に自分を信じられるようになったのは、どんな瞬間でしたか?
自信というものは、誰かから与えられるものではありません。自分自身で、一歩ずつ築いていくものだと思います。私が初めて自分自身や自分のストーリーについて語る動画を投稿したのはTikTokでした。そこには私を本当に知っている人がほとんどいなかったんです。親戚もいないし、友人もごくわずか。だからこそ自由に感じられました。でも同じような内容をInstagramに投稿しようとしたときは、とても怖かったんです。そこには実際に私を知っている人たちがたくさんいましたから。
批判されるのではないか、誤解されるのではないか、仕事の機会を失うのではないか。そんな不安がありました。けれど実際には、それが新しい何かの始まりになりました。反応はとても良かった。そして同じことを繰り返すたびに、自信は少しずつ大きくなっていったのです。
それはサーキットでも同じでした。初めてストレートで本気でスロットルを開けたとき、私はヘルメットの中で叫んでいました。本当に怖かったんです。でも、その瞬間に気づくんです。「自分にもできるんだ」と。そして次には、「次もきっとできる。」そう自分に言い聞かせるようになるのです。結局のところ、自信とは恐怖がなくなることではなく、恐怖があっても一歩を踏み出し、その経験を積み重ねていくことで育まれるものなのだと思います。
――モータースポーツへの情熱がきっかけで、本来なら距離を感じていたかもしれない人たちと心が通じ合ったことはありますか?
はい、そういうことは何度もありました。おそらく最初は、私がどんな人間なのか、何を大切にしているのかを理解できなかった人たちです。でも、私のパートナーとの関係や、人を愛する姿、そしてモーターサイクルへの情熱を見て、何かが変わったのです。実際に、「あなたの世界に共感できるなんて思ってもいませんでした。でも、あなたを見ているうちに考え方が変わりました」というメッセージをもらうことがあります。それは本当に特別なことです。なぜなら、多くの場合、人はまず“違い”に目を向けます。でも、情熱というものは、その違いを飛び越えて人と人をつなぐ力を持っているからです。バイクが好きだということ。誰かを大切に思うこと。夢中になれるものを追いかけること。そうした感情は誰もが理解できる普遍的なものです。だから私は、自分らしくいることが大切だと思っています。自分を隠さずに表現することで、思いもよらない場所に共通点が見つかることがあるからです。そして時には、その共通点が、最初は遠く感じていた人との距離を縮めてくれるのです。
――ただ自分の経験を共有するだけで、ですか?
その通りです。時には、飾らない本当の自分を見せるだけで、人とのつながりは生まれるものなのです。実際に、父親たちからこんなメッセージをいただくことがあります。「娘にあなたを見せたいんです。娘にも“自分にもできる”と思ってほしいんです」そう言われると、本当に胸が熱くなります。そして同時に、多くの若い女性たちからもメッセージが届きます。「サーキットに行こうなんて今まで考えたこともありませんでした。でも、あなたを見て挑戦してみたくなりました」と。そうした言葉をもらうたびに、自分の発信が誰かの可能性を広げるきっかけになっているのだと実感します。私が伝えたいのは、「誰かのようになること」ではありません。ただ、自分らしくいることを恐れないでほしいということです。もし私の姿を見て、誰かが「私にもできるかもしれない」と思えるなら、それ以上に嬉しいことはありません。
――ただ、それまで誰も彼女たちにその可能性を想像させてこなかったからですね。
その通りです。目にしたことのないものを、目指すことはできません。そして、誰かが「それは可能なんだ」と示してくれなければ、その選択肢自体が思い浮かばないこともあります。でも、たった一人でも誰かがそれを実現する姿を見せれば、多くの人がこう思い始めるのです。「もしかしたら、自分にもできるかもしれない」と。だからこそ、ロールモデルの存在はとても大切なのだと思います。誰かに道を示すというのは、大げさなことではありません。ただ自分らしく生きる姿を見せるだけで、その姿が誰かの想像力を広げ、新しい可能性への扉を開くことがあるのです。そして、その最初の一歩を踏み出した人がいるからこそ、次の一歩を踏み出せる人が生まれていくのだと思います。